僕は小学校のときにいわゆる両想いになった子がいた。学校に行くのが楽しかったものだ。

ある日友達の部屋で遊んでいてその子がトイレに立った。ふと僕の側に置かれたその子のカバンの中身が気になった。僕は覗いた。そこにはタバコがあった。ショックだった。小学生で煙草を吸ってはいけないことは教えられていたし、小学生が煙草を吸うなんて考えられず罪だと思っていたから、その場にいることが耐えられなかった。トイレから戻ってきた彼女の顔を見ることは出来ず、自分がカバンの中身を覗き見した罪の意識もあったし「おまえタバコ吸ってるやろ」なんて言えない。僕は帰ると言い出した。僕はうつむいていた。遊びは終わり帰り道で僕は別れようといった。彼女も何がなんだかわからなかったと思うけど僕も何がなんだかわからなかった。

明くる日から学校へ行っても彼女の顔を見る事ができなかったし彼女の友達から「なんで別れるの?」としきりに聞かれても「嫌いになったから」と事実を隠した。いいや、覗き見したことが知られたくないから言えなかった。うまいウソをつく事もできない性格だし。

こんなことがあってから僕は人を好きになる事を忘れたような気がする。それに女性というか自分以外の人間との付き合いに不信感やかなりの警戒心を持つようになった。

そんな僕は結婚した。結婚する前に「人を好きになる事を思いださせてくれた」と妻にいった記憶がある。しかし結婚3年目。また人を好きになること、気にかける事に無頓着になってきたようだ。人を思いやれないことは自己中心的を意味する。他人が僕にそう言わないけど親はしきりに言ってきた。

唯一の救い - 自己を見直す引き金として子供が目の前にいる。子供には人を愛することを覚えて欲しいから僕らが愛してやって愛する事を教えなければならないと思っている。


最終更新日: 2007年09月29日(土) / カテゴリー: 考え方・発想法


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