言葉の発信者に悪意がなくても、場合によっては悪意だと受け取ってしまうこともある。けれど、問題は悪の所在や証明ではなく、事実を手に入れることである。

商品の宣伝文句

私達が言葉ばかりに心を奪われて実際の物を見ていないという証拠を挙げよう。

あるデパートでこんな実験をしたという話がある。ある日、そのデパートでは、ハンカチ売り場の両端に二山のハンカチを陳列した。そして一方には「織りの柔らかいアイルランド麻のハンカチーフ、特価3枚50セント」という札をつけ、他方には「手ふき3枚25セント」という札をつけておいた。ところが、8時間の間に、26人の人々が「アイルランド麻」を手に取って見て、その中の11人がそれを買ったのに対して、「手ふき」の方は、たった6人が調べてわずか2人が買っただけだったという。-それは両方とも同種のハンカチだったのである。「あのお客たちはちっとも商品を見ませんでした」とは売り場の女性のことばであった。

—畑 彩土(著) 一般意味論 http://saido.at.infoseek.co.jp/g-semantics.html

自分が買い物している様子かもしれないですね。

占い、予言、スピリチュアル メッセージ

突然ですが、ここで筆者があなたの性格を診断します。「え?!全く素性のわからない私の性格が診断できるのかって?」。筆者は少しだけ精神的な世界の感性が強いので、このページを興味を持って読む人の性格くらいは言い当てることができます。それでは男女別に診断してみます。

女性のあなた

心の優しい事は結構なのですが、他人に良く思われようとする気持ちも非常に強い方なので、主体性と云うものが殆ど無くなり、右顧左眄しなければならなくなるのが、最大の欠点です。会社の中間管理職の様な立場に立たされた時、上下左右の板ばさみとなって、ノイローゼや心身症になる可能性すらあるタイプです。現在の貴方に、最も必要な心構えは、物事を割り切って考えると云う習慣を身に付ける事です。今の世の中で、右も左も良くなったり、何んにも犠牲にしないで、大きな収穫が得られたり、四方八方が丸く納まったりする結構な事が、そうしょっちゅう有る筈が無いのです。何かに付けて、うまい話や円満解決を期待するあなたのライフ・スタイルと云うものを、今、根本的に問い直す時で有ると思います。

男性のあなた

性格的なバランスが100%に近いタイプです。しかし、本人の自覚している性格的バランスの満足度は高くありません。なぜなら仕事などで他人を押し除けて行く強引さの欠如や、他人の思惑を気にし過ぎる過敏性性格が、かなり顔を覗かせているからです。心が優しくて、他人との摩擦を極度に警戒する合理主義者の貴方は、そこの所が非常な長所で有り、短所でも有る訳で、自・他のエゴイズムの衝突を、どのような形で調整するかに、焦点の絞られたタイプです。

いかがでしたか? だいたい当たっていますよね? でもね、筆者は預言者でも占い師でもないのです。上記の診断結果は他のページから拝借して少しばかり手を加えただけの文章なのです。占いや霊媒にも同様のトリックがあるのです。そのトリックとは「 バーナム効果 」と呼ばれる心理学の現象で、「誰にでも該当するような曖昧で一般的な性格をあらわす記述」なのです。自分に向けられた(と感じる)メッセージを自分に当てはめようとする心理を逆手にとっているのです。

ちなみに拝借した文章は以下のページにあります。

叙述というワナ

文章は基本的に先頭から末尾に向かって読んでいきますし、そうでなければ話の流れが理解できません。この事をふまえた言葉の魔術を体験できるのが次の文章です。

長い間わたしたちは見つめあっていた。まだお互いに触れ合ってもいないのにあの人はしっとりと汗をかいていた。あの人の吸い込まれるような青い目に見つめられると、自分がほとんど裸でいることがひどく無防備に思われてくる。あの人の故郷のあのヨーロッパの小さな国では、男の人はみなこんなにたくましいのだろうか、そんな思いに心を漂わせていると、ふいに彼がこちらに手を伸ばし、気がつくとわたしはそのがっしりした腕の中に抱きすくめられていた。彼はわたしの耳元で激しくあえぎながら、いつもの性急さでわたしの体を覆うたった一枚残された布切れに手を伸ばしてくる。いけない。またいつものように彼に主導権を握られてしまう。わたしは必死で抵抗するが、もう手遅れだった。彼は腰を打ち付けるようにしてがぶり寄ると、わたしを土俵の外に押し出したのだった。

—著者不明 「秒速にちゃんねる:私とあの人」 http://blog.livedoor.jp/niburo/archives/50757887.html 2006年

この文章は叙述トリックの古典みたいなもので、文章のはじめから中ほどまでは男女の愛の営みをイメージさせて文章の最後で実は相撲の風景を叙述していることが理解できます。人間の想像力を巧みにコントロールしていますよね。

言葉の研究をとおして

筆者は言葉が行動や感情に与える影響を調べて考えているうちに、この世界は成果主義というか、起こった出来事がそれまでの思考や行動のすべてを現わしているのではないかと考えるようになりました。つまり、あーだこーだ言った(言葉で説明した)ところで 微動だにしない事実 だけが残り、反省という名の過去の分析はあまり役に立たないのではないかと。。。反省が有用なのは自然科学の分野だけじゃないかと。。。

結果(=事実)が魅力的でないなら言葉で装飾すればよいし、他者のイメージを促進するような方法として言葉を用いれば、こちらの思うような結果に導けるのではないかとも思います。インターネットでは「言葉がすべて」と言っても過言ではありません。お気を付けて!


最終更新日: 2008年07月16日(水) / カテゴリー: 社会・コミュニティ


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