はじめに

書籍、「低度情報化社会 (ISBN4-334-93392-0)」を読んだ。タイトルが刺激的だったので図書館で借りた。 書籍の内容は、「(わかっちゃいるけど忘れてしまいがちな) 情報過多に呑まれないようにしよう 」ということ。 個人的にはインターネットが情報過多 ( Information overload )であることに昨年当たりから注意を払うようになって、 情報の洪水に溺れないように気をつけていたんだけど、すぐに溺れそうになってしまうのでこの本と出会ったことで再び情報の洪水に気をつけるようになった。

情報過多が問題なのは「ひとつひとつの情報を検証しなくなること」、そして「理解した気になっているだけ」であることが問題なのだ。情報の検証を怠ると本当は役に立たない情報を真実だとしてしまったり、ねつ造された情報であることさえわからなくなるのだ。行き着くところはノイズに洗脳されてしまい、本物を見る目がなくなる、本物を理解する教養が失われる。 本書は現在の情報化社会がそのようになってしまっていると言っている。念のため言っておくと、著者はアンチ情報化社会を訴える立場ではない。インターネットは宝の山だと言っている。情報の宝庫から宝を持て余していたり、宝に気付かぬ人達が沢山いることを警告しているのだ。

この文章を書く目的

ウェブやケータイをはじめとするIT技術の発展に伴う情報の氾濫が情報化社会 - 情報を扱う人間を劣化させていることを示し、より良い情報化社会を築くために我々が出来る事や情報と接する態度を考えたい(提示したい)。

あえて情報化社会を批判的/悲観的にとらえて書いているので私をアンチ情報化社会人間だと思わないでね。

低度情報化社会とは

ITメディアの普及やIT技術の発展によってジャンク情報があふれかえる。 ヒトは情報の多さからそれらを処理しきれずに価値判断を誤るか判断を放棄する。目の前に現れた情報を鵜呑みにしてしまう。 このように 吟味されない情報がウェブやケータイで交換される 。交信には理解可能な者同士が集まる。なぜなら情報の受信者もまた、情報の洪水に麻痺させられており、価値の評価を放棄しているがゆえに手頃な情報だけを受け取るからだ。 情報は同類で交換されるのでクオリティは変わらないか、ましてや低くなる。そしてまたウェブやケータイを用いて情報は発信され新たな同士へ届く。 こうして 程度の低い情報の交換が繰り返される ことは社会の質の低下を意味する。情報の送受信は人間であるし社会を構成するのが人間達であるから、情報の質の低下が社会の質の低下 を意味するのだ。これが低度情報化社会の姿である。

ウェブ(インターネット)の世界

共通のルールが無かったりルールが不鮮明な世界。コミュニケーションのはじまりが争いのはじまり。親や学校、友達などから学んだ規範が適用されなくてもウェブは存在するし、そこに人間が居座ることも可能。

こういった解釈をふまえて、次に情報のクオリティが低くなる理由を探る。

情報のクオリティが低くなるのはなぜか?

低度情報化社会の特徴である「情報の価値判断の誤り」あるいは「価値判断の放棄」は考えない態度、 思考の停止 を意味する。 自分が受け取った情報の価値を見抜いたり情報の洪水に溺れていることに気付くにはそれなりの教養や知恵、環境(特に自分に意見してくれる他者)が必要だ。

教養の低い者は表現力が乏しい(これは私の感覚であるがこのまま話を進める)。貧しい表現力は表現対象を貧しくする。 表現者は貧しい表現力を精一杯用いることで表現対象の一部を削り取る 。なぜなら教養の低い者(表現者)は不格好を嫌うので「わたしにはわかりません」ということを言わない。言おうとしない。元の情報から「わたしにはわからない」部分を無かったことにしてわたしを大きく豊かに見せようとするのだ。いわゆる知ったかぶりである。見栄を張るのだ。

ウェブやケータイでの情報交換の大半は文字によって行われる。文字は感情を表現するには弱い表現手段である。天気予報などの(客観的)観測データだけを伝達するのなら感情はいらないので文字だけの情報交換は成立しやすい。 しかし、対話になると言葉の抑揚は記号によって平面的になり感情は伝わらない。 だから顔文字が発展するのだが顔文字そのものが新しい記号であるため、顔文字を知らない者にとってそれは用を成さないし、場合によっては不快感にもなる(「こちらはきっちりと文章を練り上げているのに、あなたは記号の羅列で何も語っていない。語り合いの土俵を崩壊させようとしているのか?私を馬鹿にしているのか?」などのように) 顔文字が使える相手はオフラインでの面識があったり、ウェブだけの付き合いも長期間継続された場合に限る。

Eメールなどで受け取った文字から読み手は相手の表情を無意識に想像する。相手の表情をまったく見たことが無い場合は、目の前の文章の解釈に困るか身勝手な想像で補うしかない。 情報の発信者も「伝わらなさ」を考慮しないのでいつもの語り口調で文章を仕上げてしまうため、いつまでも理解し合えないか、本題とは関係のない解釈の問題について延々と話し合わねばならない状況にもなる。 このような状況はメーリングリストや不特定多数のユーザーが集う掲示板などで頻発している。

できるだけ理解を得る為に努力しているのが書籍の編集だろう。読み終えるのに6時間かかる小説も映画や舞台では2~3時間で表現される。映画や舞台は言葉と人の表情や態度、風景や音などを用いて、ひとつのシーンを複数の表現手段で描くから伝達の効率化が図れるのだ。

言葉だけでの情報交換(対話)がどれほど馬鹿げていることか [1]

思考を停止した人間

低度情報化社会を作り上げるのは思考を停止した人間である。もう少しやさしくいえば受動的な人間である。 受動的な人間は何ごとも押し付けられるのがうれしい。もちろん本人は押し付けられているとは思っていないだろう。自分でちゃんと選択したんだと思っているだろう。そのように解釈するであろう。

受動的な人間が悪であるとはいわない。受け身に成らざるを得ないときもあるからだ。わかりやすい例だと自然災害がそうだ。病気や怪我でもがき苦しんでいるときには薬や医師が神様仏様に見える。 何かを渇望している状況でそのものが現れたときには何も考えずに飛びついてしまうのが人間の性なのだろう [2] 。そうしないと命の危険のほうが大きくなるから自己防衛として無意識に受け身になることを強要される。

話を戻そう。低度情報化社会とは思考を停止した人間の集まりだ。では思考を停止した人間とはどんな人間なのかその特徴を書籍「低度情報化社会」に挙げられた病理を引用する。

思考停止の症候

書籍「低度情報化社会」では思考停止に陥った人間を 低度化くん と呼び、その症状を10個挙げている。

ヘッドライン症候群

"あらゆるメディアで加速中の現象。新聞や街角やネットや電車内や、はたまたタクシーのなかまで、ヘッドラインはあなたに襲いかかる。巷に情報が溢れすぎているため、人は見出ししか見なくなる。名は体を表さないことも多く、しばしば見出しによる「釣り」や「引っかけ」が発生する。低度情報化社会では、「見出し作成」に創作コストの比重が高まり、内容は劣化していく。ヘッドライン症候群は、見出しだけ見て何かわかった気になる重い病気だ。"

見出しで人を惹き付けられれば読んでもらえる可能性が高くなる。そのことに味を占めた作者は見出しの作成に注力し内容にはそれほど手をかけなくなることで情報の質が低下するのだ。読み手も 自分が損を掴まされたと思いたくない心理 があるので内容の劣化した情報を信じてしまうか正反対にこき下ろすのだ。

チェック症候群

" 「チェックしなきゃ」は情報処理への強迫観念と情報への過剰反応。「あれもこれも押さえておかなきゃ」と考え、意識しても、脳処理は決して追いつかず、「1・2・3・いっぱい」で思考停止してしまう。ある情報は自分の関心事のようでいて、実は関心が合ったと思いこまされている事柄の方が多い。"

タダだから症候群

"「タダほど高いものはないよ」とお婆ちゃんに言われなかっただろうか。ビジネスがタダのものを提供するには、それなりのワケがある。「2等が当たりました。機械と取り付け工事費は無料です。」でも、しっかり毎月利用料が取られる。"

携帯電話の新規契約で電話機が0円で購入可能なのと同じだ。携帯電話の契約には(いまはどうだか知らないが)6ヶ月間の最低契約期間というのがあって、この期間内に解約するためには違約金として10万円近く払う必要があった。一度に10万円払うのは厳しいから半年間のローンだと思って違約金が請求されない月まで使った人はいるんじゃないかな。つまり携帯電話は半年くらい使ってもらわないと儲からないん仕組みで動いていたんですよ。他の良い例としてはソフトバンク(Yahoo!BB)が街頭でモデムをばらまいていた事だろう。

Google 症候群

" 何でも調べないと気が済まなくなる。はっきり言ってしまえば「調べさせられている」ことが多い。自分本来の知の体系から外れた枝を伸ばしすぎると、葉の隅々まで栄養が届きにくくなって、幹もおかしくなる。あなたはそんなことを知らなくてもいい。 "

調べないと気が済まないと同時に何でも調べてしまうのも Google 症候群だろう。サーチエンジンの代表として Google が挙がっているが Yahoo! 検索の利用者も同じ。サーチエンジンを利用すればどんなことも調べられると思っている。確かにサーチエンジンはひねくれた質問(検索語)でなければ検索結果を返す。しかし検索結果にでてきたページが解答であるかは別の話。

余談になるが、サーチエンジンは解答を与えてくれると思い込んでいる人もいる。 私から言わせればサーチエンジンから解答が出てくる質問なんぞは基礎的な事柄だったり幼稚な回答だ。数学の応用や新しい哲学なんてちっとも出てこない。そもそも高度な内容はあんまり公開されていないとも想像できるが、わかりやすい学校で習うレベルの事柄をみんなが公開しすぎているんじゃないだろうか?

コメンテーター症候群

"いっぱしのコメンテーター気取りで、どんな分野のニュースや事件、はたまた悩み相談なんかにまで、自分の専門や知識にお構いなしにコメントをつけてしまう。ワイドショーでコメントする自分の姿を、またそれをTVで見る自分を想像してみるといい。"

井戸端会議を想像してみるといい。2ちゃんねるの ニュー速 が代表例だろう。

助け合い症候群

"ネットは知らない同士がお互いに助け合う素晴らしい世界、なんて思って参加してみると、実は共依存に陥ってしまう。結局、類は友を呼ぶだけで成長や発展のないことが多く、見知らぬ同質者と馴れ合うだけの関係になる。互恵性メリットとか言っても、実はインタラクティビティの罠にはまっていることの方が多い。ユーザー参加とか双方向性といった言葉には気をつけろ。"

インタラクティビティ(双方向機能)の罠とは情報発信者の仕掛けである。ユーザー参加や双方向の対話の場を提供する者 [3] にどのような利益があるのかを考えてみるとよい。

仮面舞踏会症候群

"主にネットメディアにおける見栄の張り合い。2ちゃんねるやブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など、匿名または匿名に近い形式で参加可能なコミュニケーション・プラットフォームで見られる現象。仮面舞踏会で華麗なダンスを踊っているつもりでも、実はそこは井戸端であることになかなか気づかない。"

匿名あるいは匿名に近い形式を仮面をかぶっているととらえ、自分としてはまっとうな意見を出したつもりでも、意見の聞き手にとっては仮面をかぶった何者かの意見なんぞ信用できないというわけだ。

情報の発信源の実態を匿名(仮面を付ける)という形で行うことで受信者は実態を無意識に消し去り、その情報の存在さえも無意識に消してしまうので信憑性の無い会話(井戸端)として扱われるということだろう。あなたがどんな分野の権威者であれ、仮面を付ける(匿名である)行為はやりすごされるし、やりすごしても良いという意味だ。

世界内存在症候群

" 「世界内存在」とは、ハイデッガーによる概念。ネットゲームや掲示板やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)など、自分が参加を始めたものに対して、いつの間にか「自分がいないと世界が動かない」にすり替わってしまう。世界はあなたがいなくても、いつでも通常通り回っているものだ。"

世界内存在とは あらゆるものをひっくるめて私だ ということである。ここではSNSを始めとする何かに参加していないとその世界が存在しないとの妄想を指摘している。

揚げ足症候群

" 「神は細部に宿る」という意味では、報道や評論の細部の誤りを指摘するのも意義がある行為かもしれない。しかしその多くは「木を見て森を見ない」と言うべきか、本筋とあまり関係ない些細な部分の指摘をわざわざするのが特徴だ。おそらくは自らのささやかな「知の優位性」を保とうとする自己防衛により生じる行為であるが、全体から見れば単なるノイズにすぎないことに気づかない。"

これは引用文にある通り、テーマとは逸脱した指摘を行うことで自分の優位性を保とうとする行為だろう。

根拠なき権威症候群

"ネットでマスメディア批判を繰り返す人も、その情報ソースがマスメディア報道だったりすることが多い。情報爆発で個々の情報を吟味できないため、逆に妙な権威主義に陥ることがある。また、権威のないネットメディアはマスメディアの「権威」を欲しがり、またマスメディアはネットメディアの「裏付けのない情報」を欲しがる結果、「裏付けのない権威」ができあがったりもする。それを妄信するのもまた、根拠なき権威症候群である。 "

症候群の特徴まとめ

思考停止に陥った人間の特徴として10 の症候群を引用したが、これらには 根拠の無い思い込みや強迫観念 が見て取れる。いずれも想像の産物である。もしも自分がすべての症候群にあてはまるのなら精神的に完全に病んでいると言っても過言ではないだろう。

思考を停止した人間は他にも宿題や論文、ソフトウェアでさえコピペで仕上げたりするコピペ症候群なるものも存在する。確かに結果を求められているのだから成果物を出すという意味では悪くはない。けれど、コピペで仕上げたもに作り手の意志は反映されない。成果物に対する質問を受けても返答できないのだ。「AとBが考えられるのにBを選択した理由は?」と問われて、はたして回答できるだろうか?「コピーした文書がそのようになっていたからです」と正直に言う人間は、別の意味で利口な人間だろう。返答まで用意しているコピペ人間はそれなりに賢明な頭脳を有する。

では我々が症候群にかからず、思考を取り戻すにはどのように情報と接すればよいのだろうか?それを次章で説明しよう。

脱出方法

前章では低度情報化社会を担う思考を停止した人間の特徴を挙げた。ここでは本書のテーマのひとつである「低度情報化社会から脱出する」実際の方法; 思考を停止した人間にならない方法 を説明してみたいと思う。 症候群にならない心構えと言ってもよいだろう。

具体的な手法を述べる前に大切なトピックをふたつ挙げておこう。

見えざる手に引っかからない方法

"大切なことは、情報の受け手がそれぞれのメディアの特性を知ってうまく情報を利用することだろう。「ネットだから信じられない」「マスコミが流すからすべてを信じる」ではなく、情報に踊らされないで最終的にはそれぞれの「真実」を探り当てる力を養うことが一人一人に求められているのではないか。"

ネットのウワサを徹底検証!!ペッパーランチ事件の真相はこうだ!

真実を追い求めるために

情報解析:

  • その情報が 誰によって 流されているか?
  • その情報が なぜ今 流されているか?

事象解析:

  • その事象で だれが利益を得るか
  • 歴史上 、その事象の時 何があったか

以上、 ★阿修羅♪ より

情報とツールの利用目的を明確にする

思考停止からの脱却と低度情報化社会に加担しないためにはウェブやケータイの利用目的を明確にしよう。

利用目的とは次のような事だ:

  • 情報収集 (サーチエンジンの活用など)
  • 電子商取引 (オンラインショッピングやオンライン銀行)
  • 一方的な情報発信 (ブログや論文の発表など)
  • 双方向の情報伝達 (Eメールや掲示板など)
  • 娯楽 (オンラインゲームなど)

目的を明確にすると情報に溺れても這い上がって来れる。

なかでも情報収集はやっかいで、このテーマだけで1冊の書物ができあがるのではないだろうか。情報収集は他の利用目的に先立つ行為にもなる。

あなたが情報を送受信する意図は何だろう。

  • 何のために入手した/するのか?
  • なぜコメントするのか?
  • なぜブログを書くのか?

情報の取捨選択

言葉に踊らされない

次のふたつの言葉を見てみよう。

低度情報化社会 〜 Webは本当に進化しているのか?

情報化社会のいま 〜 Webとは何なのか?

どちらも現在の情報化社会およびWebについて記述されていると連想するだろう。しかし高度情報化社会に対抗する姿勢を見せる「低度情報化社会」という言葉に反応してしまう。

これは言葉による印象操作である。私のこの文章も情報化社会の危機感や危険性を煽る傾向にあるだろう。

言葉を表面的にとらえずに文章の意図を解釈するように努めることだ。著者はなぜこのような文章を書いたのか文章の内容から著者の考え方をつかみ取るように努めるのだ。ウェブの情報だと著者の人柄は案外つかみやすい。ウェブサイトに掲載されたプロフィールや過去の文書、ブログを漁ればおぼろげながらでも著者の論点というか志向性が見えてくる。ときには第三者がその著者の評価を行っている情報とも巡り会えるし、どこかのフォーラムで質問することもできる。

言語と思考は密接な関係にある [4] ことも頭の片隅にいれておこう。本格的に学びたいのなら一般意味論を学べばよい(ほんとか?)。

見出しに惑わされる時

ある日の「エスカレーターで子供が指を挟まれる」という見出しのニュースが流れていた。 そのニュースが伝えるところではスーパーマーケットで親が買った物を持ち帰る袋に詰めていたところ、連れていた1才9ヶ月の子供がエスカレータまで歩いていき転倒したところで指を挟んだというのだ。事故として取り上げたのは「エスカレーターで指を挟まれて怪我した」ということだ。一見エスカレーターで事故が起こったようだが、私は「親が子供から目を離した」ことが本当の事故だと思った。もちろんエスカレーターで怪我をしたのも事故である。

私にいわせれば身の回りに潜む危険性を事前に察知せずに子供から目を離したことが本当の事故であるし、エスカレーター事故の原因なのだ。指を挟むことがないような機構のエスカレーターを開発できれば良いとは思うけれど、子供の安全性を確保する第一段階として親が危険性に注意を払うことが望まれる。

思考を停止した人間はエスカレーターで子供が怪我をしたからエスカレーターの欠陥あるいはスーパーマーケット側の不注意だと非難するかもしれない。なぜなら世の中のいちメディアは殺人犯や私利私欲が相当強い人間でない限り個人を非難することはできないだろう。人間よりも機械のほうがコントロールしやすいことも関係あるだろう。

料理中に包丁で指を切った責任を包丁の欠陥だと言う人間はいない。

ニュースでは毎日起きる 多数の事故の中から一部の出来事を報道する 。毎日何かを伝えなければ情報メディアとして成立しないこともあって必ず何かの情報を伝達してくるのがテレビやラジオ、インターネットのトピック欄だ。特に商業メディアは事実を伝える以前に情報を読ませよう見せようとする。そのために見出しやテロップに工夫を凝らしてくる。そんな手段に惑わされないように注意したい。

知らなくて良い

ウェブや図書館に行けばどんな情報も手に入るからといってほんの少し興味のある事柄に手を伸ばしてしまいがちだ。あなたの目指すところの次のステップとして様々な情報に触れるのは良いけれど、なんとなく役に立つだろうと思って収集した情報には価値がなかったり、そもそも自分の関心事ではないことが多い。そのような情報は人を惹き付けるためだけに作り込まれた文章であったりもする。

周囲が大量のニュースを即座に話題にしているからといってあなたも多くの情報を抱え込む必要はない。話についていけないと思うまえに話題の本質にせまってみよう。セールスマンが新聞を読む理由は世の中の動向を見たいこともあるが、紙面の内容が客先での話の種になるからである。話のきっかけになればテーマは何でも良いのだ。

この情報化社会においてあなたは何もかもを知ることは出来ない。知り尽くすよりも先に情報処理能力の限界がくるだろう。現代社会は専門分野をより深めて教養を広げる時代なのだ。教養とは理解力である。専門的で理解のある人間は「T字型人間」とも呼ばれる。自分の能力をグラフ化してみたときにT字のように描かれるのがT字型人間だ。

誰もが大量の情報を入手できる時代において多くのことを知っているだけでは誰も尊敬してくれない。その大量の知識がどのような分野の知識を支えたり補ったりできるのかを説明したり応用できる人間が尊敬される。創造の時代なのだ。

欲望に従うのではなく必要性で判断しろ

あなたには大切な時間がある。その情報を読みふける前にその価値があるのか?またはその情報を望んでいたのかを推し量ろう。

そのためには何よりも目的が重要になってくる。なぜその情報と出会うことになったのか、あるいはどういう経緯でその情報が自分の手元にやってきたのかを見直そう。取捨選択するには区分するための視点が必要だ。目的というものが取捨選択のための態度と直結する。

手元にある情報があなたにとって必要なのかを判断することは、なんらかの目的さえあれば至極容易なことだ。あなたは「ある目的地に行くためにXXX行きの電車」を待つ。目的地が異なる電車に乗ることはありえないだろう。情報の取捨選択もこれと同義で電車という語を情報に置き換えてみよう。ただし本当にその電車に乗れば目的地へたどり着くかどうかは事前の調査が必要になる。電車を間違えればひどい目に遭うか、まったく新しい世界を手に入れることになる。乗り物が自転車だったらどうだろう。地図を片手に確認しながら目的地を目指すのではないだろうか?地図が間違っている可能性は拭えないけど、地図を評価するだけの情報は十分にあると思われる。目的地が秘境でなければの話だが。。。

欲しいものではなくて必要性で選択する。欲望だけで行動していたら時間も失うし目的も乱れる。 なんだか魅力的にみえる見出しでも容易にページを開かない(クリックしない)ってことね。

情報を捨てる
  • ブックマークを見返しなさい
  • フィードの購読をやめなさい(あるいは3分の1に減らしなさい)

発信者のメリットは?

情報がどのような意図で発信されたのかを考えてみることから情報の価値が見えてくることがある。

テレビで日常生活をサポートする有益な情報も裏には”視聴率”という価値が絡んでいる可能性が大いにある。視聴率が獲得できない番組はどんなに素晴らしい内容であっても番組はつぶれてしまう。民放のテレビ局が制作する番組はお金の出所がスポンサーである。スポンサーは番組制作費と引き換えにCMを流す。視聴率が低いということはCMの視聴率が低くなり宣伝効果も低くなる。そのことでスポンサーは投資を拒み、結果として制作資金が確保できず番組は消えてゆくのだ。

ウェブサイトもユーザーに無料で閲覧させること引き換えにスポンサーを募っているサイトが多々ある。テレビと同じ構造である。宣伝広告を掲載して収益を確保しようとする典型的なウェブサイトには大手のポータルサイト(Yahoo! JAPAN, goo, Infoseek など)がある。

情報の内容で判断する

情報の価値は情報の発信者で決めつけないようにしよう。専門家も間違うことがある。人間は意図しない間違いを犯す。ウェブで発信される日記的な文章ではテーマに関する深い洞察を書き上げている投稿は稀である。

ウェブは見ず知らずの人間の意見が容易に手に入るので、権威に惑わされずに済むメリットがある。ノーベル賞を受賞したとか、その分野では明らかに権威のある人物だったり、顔も名前も広く流布しているのなら情報の信頼性は高いかもしれない。しかしウェブをベースに権威を獲得した者は稀であるから、オフライン(実社会)での実績を見逃さないようにしたい。 どんなに素晴らしいことを言っていても何も成し遂げていない輩には注意しよう。

匿名性を逆手に取って自己顕示欲に溺れているような人物もいるだろう。

文章の量と質を混同していないか

記事の文章量が記事の質だと思い込んでいる人間がいるのではないかということだ。 長い記事を目にすると何かすばらしかったり善くも悪くも役に立つ情報が書かれていると思ってしまうのだ。

よくよく考えてみると自分がそのような状態であるとも思った。例えばニュース フィードから興味深いタイトルを目にして記事を流し読みする。記事の分量が多いと理解するにも時間がかかるからとりあえずブックマークする。ブックマークする行為は自分にとって価値あるページと判断した場合なので記事の量によってブックマークするかしないかを決めている自分が居たのである。 もちろんブックマークを見返す努力をしているが、それを忘れると「あのときブックマークしたページにxxxについて書かれていたし、その情報をコピペでもしておけばいいか」、他人に「xxxはこれ(自分がブックマークしたURL)でも読んでみたら」と差し出す。明らかに情報の価値判断を欠いている。ブックマークの再整理を行うときはページをそれなりに読むので、保存する価値のないページであるものが多数出現する。

量を質と勘違いする意識は何だろうと考えてみると、お金であると思った。経済至上主義といわれる現在の社会では「お金を持つ者が優秀の証である」との風潮がある。こんな風に思っているのは私だけかもしれないが、お金は量を質に転化できる代物であることは確かだ。つまり、大量のお金があれば質の良い物を手に入れられる可能性が高いのだ。(ここで可能性が高いという言い方をするのは、ぼったくりが発生することもあるからだ)

質と量が比例する書き手も確かにいるが、まれな存在であるというのが私の経験だ。

対洗脳・情報操作に対する十箇条

情報から身を守る十箇条というのを見つけたので引用しておく。

  1. 与えられる情報を鵜呑みにするな、まずは疑え。
  2. 自分の頭で考えている気になるな、殆どの場合無意識に誘導されていると思え。
  3. 数字に騙されるな、数字でも悪意があれば操作する事は可能だ。統計ってやつは算出方法次第で操作できたりするんだ。
  4. 過去に目を向けろ、必ず今と繋がっている。
  5. 皆が一様に同じ結論、意見に達したときは、情報操作もしくは悪質な誘導、最悪洗脳されていると考えろ。
  6. 事象、問題点、結果を箇条書きで抜き出せ、そして関連付けろ。
  7. 耳触りの良い言葉ばかり言う奴は信用するな。そいつは下心を隠している。
  8. 強硬論をまくし立てる奴は単なるパフォーマンスでやってるだけだ。バックに居る誰か、もしくは何かから目を逸らす目的があると考えろ。
  9. 正論ばかり述べる奴には気をつけろ、禅問答になる。
  10. やばいと感じたら直ぐに逃げろ。それと逃げ道の確保を忘れるな

TBSサンデーモーニング捏造報道-気になるレスメモ

もうひとつ、統計に騙されないために

  • 結論を急がない
  • 今何を対象として論じているかを把握する
  • 単純な統計を信用しない

統計で嘘をつく方法

以上のような態度で情報から身を守ることは大変なのはわかるけれど、目的について自分で考えて結論を急がずにいるだけで情報の価値はかなり変化するだろう。最終的には信じるか信じないか、または無かったことにするか、決断はあなた自身がするのだ。


Footnotes

[1]言葉だけでの情報交換(対話)がどれほど馬鹿げていることか - 誰が読むか/返事するかわからない場所での情報発信(特に意見を述べるとき)は会話で使う言葉の量より3倍も5倍も言葉によって表現する努力が必要だと思われる。
[2]人間の性なのだろう - こういった心理や行動を逆手に取って商売するのが詐欺師と呼ばれる。優良な企業でも詐欺の手口と区別がつかないくらい商品の価値やサービスの質を操作しているのだと思われる。
[3]ユーザー参加や双方向の対話の場を提供する者 - 代表的なものは OKWave や Yahoo! 知恵袋ではなかろうか。どちらも「ユーザーで作り上げる Q&A サイト」なのだがこの場を提供する株式会社オウケイウェイヴ やソフトバンクは、ユーザーが発信したQ&Aを統計データなどの利用してビジネスを行っている。もちろんユーザーは自分の疑問が解決することで満足を得られるのだけど裏では金に結びつけられるのだ。
[4]言語と思考は密接な関係にある - 第4回 言語と思考 http://www.bayget.com/inpaku/psychology/seki/psycholo4.htm

最終更新日: 2008年01月28日(月) / カテゴリー: 社会・コミュニティ


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